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猫の歴史~エジプトでの猫~

猫の祖先はリビアヤマネコ。
それは遥か昔、エジプトに起源します。

今日はエジプトでの猫の話…。


古代エジプト王朝には、イエネコの先祖といわれるリビアヤマネコが生息していました。


人に慣れやすい性質だったようですね。


はじめは、害獣駆除やペットとして飼われていたネコがやがて神格化されるようになります。その辺りの話を以前読んだ本


『猫の神話』(池上正太 著)を参考に、記事にしてみたいと思います。 


紀元前4000年頃の話です。
鼠捕りが上手いことをエジプトの人たちは
野生の猫を手なずけはじめたようです。
そして中、王国時代(紀元前2055~前1650年)には、すっかり人間の生活に馴染んでいたらしいです。
上流階級の人たちの飼育する猫は、川魚の刺身やミルク、パンなどを餌として与えられ、とても大切に飼われていたようです。
この頃には最古の猫の絵も描かれています。
収穫物を餌にする鼠や、危険な毒蛇など…
人間を困らせる存在から守ってくれる猫たちですが、他にも特別な魅力があったようです!
古代エジプト人たちは猫のことを、
「ライオンの頭と月の形をした目を持ち、光と闇を司る」と考えていたそうです。
猫たちの目が、あたかも月の満ち欠けのように、日差しによってその形を変える様子や、光を集め闇の中で輝く様子…神秘的な存在としたのは頷けます。
猫の瞳の鋭敏な変化は、太陽の回転に従うものであり、闇の中で物を見ることができるのは、夜、太陽がネコの目を通して下界を見るためだと考えられたのです。
人々は、家の猫が死ぬと家族は眉を剃り落として喪に服すという習慣まで生まれるようになりました。
こうした信仰から
第22王朝時代には、猫を神格化したパステトが王朝全体の守護女神となり、神殿もできあがりました。
バステトは夜、眠った太陽を蛇から守る役目をしていました。

そこでは神猫として、1匹の母猫と、4匹の子猫が神官に大切に養育され、猫たちのために膨大な金品も献納されました。
ついには「ピマイ」という雄猫を意味する名前のファラオまで登場するほど熱狂的だったようです。
そして、エジプトといえば、ミイラですね。
死を迎えた猫たちは大切にミイラにされて、大量の副葬品と一緒に埋葬されました。

猫の遺体は上質な布に包まれ、シダー油と香辛料で良い香りがするよう防腐処理が施されたのちミイラにされて、死後の世界で食べられるようにミルクとネズミと一緒に地下墓地へ埋葬されたそうです。
猫の地下墓地はとても巨大で、あるものからは80,000匹の猫の遺体が発見されたそうです。いずれも丁寧に防腐処理が施され、金を顔に塗られた猫もいたそうです。猫型の棺も綺麗な装飾が施されていたそうです。

残念ながら…後世に猫のミイラは薬になるということで墓荒らしに、荒らされてしまったものも少なくないといいます。
そんな風に大切に大切に神として扱われた猫。
それを象徴する話をもうひとつ。
古代エジプトでは猫を殺すと死刑になったそうです。惨たらしく殺した場合だけでなく、うっかり戦車でひき殺してしまったような事故の場合でもです。
そして…
紀元前525年、ペルシャによる侵攻を受けたときの話です。彼らの猫、そしてその他の動物たちへの崇拝ぶりが仇となった事件がおこりました。
ペルシャ兵は盾に猫の姿をしたエジプトの女神を描き、犬、羊、猫を最前列に配置しました。
エジプト兵はうっかり猫を傷つけてしまうことを恐れ、動物の安全を守るために、なんと!降伏したのです。
しかし…勝利したペルシャ王はエジプト国内を回りつつ、人々の顔めがけて猫を投げつけたといいます。
最後は悲しいエピソードになってしまいましたが
猫の黄金期のお話でした。
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